高分子化合物を設計し、電荷輸送やトンネリング現象を観察、メモリ動作やマルチビット駆動までの関係性を解明

掲載日2026.07.21
最新研究

理工学部化学コース
芝﨑 祐二
高分子科学

岩手大学理工学部の芝﨑祐二教授らの研究グループは、韓国ハンバット国立大学校との共同研究において、新規高耐熱、低誘電性微細孔高分子化合物を合成し、その高分子化合物がチャージトラップメモリのトンネル層として非常に有効に機能することを解明しました。
本研究は、高性能メモリの設計に対して、明確な指針を提示し、今後のメモリ開発のバイブル的な研究成果として広く活用されると期待されます。


背景

従来の有機電荷トラップメモリや有機シナプストランジスタでは、PMMAやPSなどの汎用高分子誘電体がトンネル層(TL)として広く用いられてきました。しかし、これらの材料には以下のような課題があり、高性能化を妨げる要因となっていました。
1)材料設計指針の不在:高分子の分子構造(化学的特性)とデバイスの巨視的な電気特性との関係について、体系的な理解や設計指針が十分に確立されていませんでした。
2)特性間のトレードオフ:従来材料では、絶縁性、誘電率、電荷トラップ密度、バンドギャップなどの特性を同時に最適化することが難しく、メモリウィンドウの狭さやデータ保持特性の低下を招いていました。

研究内容

本研究では、個々の特性を個別に最適化する従来の材料設計とは異なり、「複数の物理化学的特性が相互に補完し合う、複数の物理化学特性を統合した材料設計」という新たな設計思想を提案しました。
この設計思想に基づいて新規高分子を設計?合成し、その構造?物性?電気特性を体系的に評価するとともに、有機電荷トラップメモリのトンネル層へ適用しました。その結果、材料設計とデバイス性能との相関を明らかにするとともに、従来の有機電荷トラップメモリを上回る優れた性能を実現しました。

研究成果

  1. 新規トンネル層材料「P(DTDB-DB)」の開発
    合成した固有微多孔性高分子(PIM)コポリマー P(DTDB-DB) を、有機電荷トラップメモリのトンネル層として初めて適用しました。
    本材料では、対称配置された多数のC–F結合により分子全体の双極子モーメントを抑制するとともに、剛直な梯子型骨格とねじれた主鎖構造によって分子内に固有の微多孔構造を形成しています。その結果、分子鎖の分極や運動が抑制され、比誘電率2.6という極めて低い誘電率を実現しました。
    さらに、適度なπ共役構造を導入することでエネルギーバンドギャップを適切に制御し、電極界面における過度な注入障壁の形成を抑制しました。
  2. 優れたFNトンネリング特性と低トラップ密度の両立
    金属-絶縁体-金属(MIM)キャパシタおよび薄膜トランジスタ(TFT)を用いて電荷輸送特性を詳細に解析しました。
    Fowler–Nordheim(FN)トンネリングの促進:一般的なフッ素樹脂であるCytopはバンドギャップが大きいため、FNトンネリングには高い印加電圧を必要とします。一方、P(DTDB-DB)は適切なバンドギャップを有するため、FNトンネリングへの遷移電界は2.8 MV cm??と低く、効率的な電荷の注入?放出を実現しました。
    不要な電荷トラップの抑制:有機半導体(ペンタセン)とトンネル層との界面、およびトンネル層内部に形成される不要な電荷トラップを大幅に低減しました。P(DTDB-DB)を用いたTFTのトラップ密度は3.6×10?? cm??であり、PMMA(4.7×10?? cm??)およびPS(5.0×10?? cm??)と比較して約1桁低い値を達成しました。
    これらの基盤的知見を踏まえて有機電荷トラップメモリを作製した結果、従来の汎用高分子を用いたデバイスを大きく上回るメモリ性能を実証しました。

今後の展開

本研究では、本材料を用いたマルチビットメモリ動作を実証しました。この成果は、次世代AIハードウェアとして期待される有機シナプストランジスタ(人工シナプス)への応用につながるものです。P(DTDB-DB)はFNトンネリング開始電界が低いため、低電圧?低消費電力でシナプス重みの連続的な変調が可能となり、生体シナプスに近い学習機能を有する有機ニューロモルフィックデバイスへの展開が期待されます。また、界面トラップ密度が極めて低いことから、繰り返しパルス印加に対する耐久性にも優れており、高耐久な有機ニューロモルフィックデバイスの基盤材料としての発展が期待されます。さらに、P(DTDB-DB)をLangmuir–Blodgett(LB)法などによって分子一層レベルの超薄膜として形成することで、ピンホールのない理想的なトンネル障壁を実現し、FNトンネリングをさらに低電圧で駆動する新たなデバイス設計も視野に入れています。加えて、本材料は柔軟性と高靭性を兼ね備え、溶液プロセスによる製膜が可能であることから、オールプラスチック?スマートシステムへの応用も期待されます。具体的には、曲げ変形に対しても特性劣化の少ない有機TFTメモリとして、スマートテキスタイルやウェアラブルヘルスケアセンサー向けの超小型?低消費電力データストレージへの展開を目指します。

【掲載論文】
題目:Molecule-in-memory: multiscale guidelines for polymeric tunnelling layers linking molecular motifs to electrical outcomes
著者:Jin-Hyuk Kwon, Jeong-In Lee, Jonghee Lee, Yuji Shibasaki, Min-Hoi Kim
誌名:Materials Horizons(IF 11.4)
公表日:2026年6月13日

用語解説

  • 微細孔ポリマー:
    一般の高分子化合物は密度が1前後であり、高分子の鎖が適度に絡み合い、自遊空間が少ない。一方で、微細孔ポリマーは、剛直鎖が埋め込まれた屈曲構造で折れ曲がっており、構造内部に固有の空間を持つ。このことから、これらの高分子材料は気体透過膜などへの応用が展開されている。
  • 低誘電材料:
    5G?6G通信時代において、超高速通信を実現するためには、高性能絶縁材料が必須である。これら絶縁材料は、優れた耐熱性と低い比誘電率、誘電正接が求められている。しかしながら、これらの項目をすべて満足する材料は未だに開発されていない。
  • チャージトラップメモリ:
    データを保存するためのフラッシュメモリの一種。従来型のフラッシュメモリは、導電性のポリシリコンに電子を貯蔵していたが、チャージトラップメモリは窒化ケイ素などの絶縁体膜に電子をトラップして保持する。これにより、圧倒的な長寿命化、3D化、低コスト化、薄膜化が実現されている。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
?凤凰体育平台6年度JSPS 二国間交流事業120248802「フレキシブル不揮発性メモリのトンネル層の開発と展開」研究代表者:芝﨑 祐二

本件に関する問い合わせ先
理工学部理工学科化学コース  教授 芝﨑 祐二
019-621-6322
yshibasa@iwate-u.ac.jp